利他のココロとリーダーの自己認識

ミラノで1週間滞在していた部屋にあるデスクの目の前には大きな窓があり、朝一番でさわやかなそよ風とともに深呼吸をすることが日課になっていました。それだけで、オープンマインドな気持ちになり、心地よい1日がスタートするからです。常にオープンマインドでいることを心掛けていますが、時には思い通りにいかないこともあります。だからこそ、意識して心を開いて、利他のココロで周囲の人たちとコミュニケーションをすることができているのかという問いかけにはじまり、自分はどのようなことで目の前の人のお役に立てるのかということを常に自己認識していくことの重要性を感じています。

McKinsey & Company2023 reportのThe State of Organizations 2023: Ten shifts transforming organizationsの分析データによると、組織を変革する 10 のシフトの一つとして、リーダーの自己認識の重要性が挙げられています。
不確実性の時代を生きるリーダーは、チームを鼓舞するために、自分自身と周囲の環境の両方に対する鋭い認識を構築する必要があります。自分自身の強みや限界を管理するための戦略に対する自己認識を構築することにより、リーダーは、情熱やエネルギーが回復し、メンバーが達成するための助けをすることができるためです。

このリーダーの自己認識のようなものであると言われる(Miscenko et al., 2017)、リーダーアイデンティティという概念があります。リーダーアイデンティティとは、リーダーとして自分自身をどのように考えるかということです(Day & Harrison, 2007,p. 365)(図1参照)。

図1 リーダーアイデンティティの概念図

リーダーのアイデンティティというキーワードは、日本ではあまり耳にする機会が少ないものですが、世界では、効果的なリーダー開発には、リーダーのアイデンティティに着目する必要があると多くの研究結果から明らかになっています(Day and Harrison., 2007:Lord and Hall, 2005:Day and Dragoni, 2015: Day et al, 2009: Van Knippenberg et al., 2004: Van Knippenberg, 2011: Pablo, 2000: Miscenko, Darja, Hannes Guenter, and David V. Day.2017)。特に経験の浅いリーダー教育に有効であり、近年その研究は増加傾向にあります(図2参照)

リーダーアイデンティティの開発には3段階あります。個人レベル、関係レベル、集合レベルです。
個人レベル:自分の独自性や他社との差別化を考えること。まずは、他社との違いに着目するところから
      リーダーのアイデンティティは育まれていきます。
関係レベル:自分のアイデンティティを考える際に、他者のことも考慮するようになる。個人レベルよりも
      少し視野が広がっていきます。
集合レベル:自分の所属する組織の視点から、自分のアイデンティティを考えるようになります。

成長するにつれてリーダーのアイデンティティーの焦点は、個人レベルから集合レベルへと移行していきます
(Lord & Hall, 2005)。つまり、最初は自分のことしか考えられなかったところからより周囲へと視点が広がっていきます。これは、集合レベルに到達しても、また状況や環境の変化によって(例えば、役割の変化、新規プロジェクトに着任など)、個人から集合のレベルを行き来します。

リーダーアイデンティの開発には、課題もあります。それは、リーダーアイデンティの開発によって、個人レベルばかりが開発されてしまうと、自己利益行動と個人主義的で未熟なリーダーを輩出する可能性があるのです。実際に、個人主義的なリーダーを育むことを懸念し、研究者たちは、社会的アイデンティティに焦点を当てているアイデンティティ・リーダーシップの研究に力を入れている傾向にあるのです(Haslam et al., 2022)(図2参照)。

図2 アイデンティティの研究におけるリーダーアイデンティティ
Haslam et al., 2022を参考に筆者にて作成

リーダー開発を効果的にするために、リーダーアイデンティティに着目することが求められますが、その際には、自己利益行動と個人主義的で未熟なリーダーにならないように、利他的な観点をもつ集合レベルへと促す必要性があるのです(Cremer, 2002; Load et al., 2016)(図3)

図3 リーダーアイデンティの集合レベルへの焦点移動の重要性

実際に、利他的なリーダーは、非常に魅力的です。
その象徴とされる”倫理的なリーダーシップ”というリーダーシップのスタイルがありますが、このリーダーシップスタイルは、利他的、誠実、フォロワーに自分が大切にされていると感じさせ、組織の雰囲気を好転させます(Addai et al., 2022)

一般的に魅力的であるとされている変革的リーダーシップ・オーセンティックリーダーシップ・サーバントリーダーシップは、倫理的リーダーシップと一致する倫理的行動に焦点を当てています(Sarwar et al., 2020)

発達心理分野の観点から考慮すると、
人間は、本質的に利己的であるが(Batson, 1987)、段階理論的アプローチ(Stage theoretic approach)では、倫理発達の初期は利己的でも、発達が進むことで真に利他的になると言われています(Feigin et al.,2014)。 これは、リーダーアイデンティティの開発とも共通点がありますね。

また、利他のココロ(周囲のために働きかける)ことは、自分自身の幸せにもつながると言われています。ポジティブ心理学アメリカ心理学会元会長のSeligman博士によると、人間の幸せは主に3つあるとのこと。

1.The Pleasant Life (楽しい人生)
  ⇒自分の喜びを追求する

2.The Good Life (良い人生)
 ⇒自分の長所を活かして、目の前の仕事に没頭する

3.The Meaningful Life (意味ある人生)
  ⇒自分のためではなく、周囲のために、あるいはもっと大きなビジョンのために何かを成し遂げること

人はThe Pleasant Life (楽しい人生)に意識が向きがちですが、一瞬の喜びで終わります。長期間に渡り、
人を幸福にするのは、The Good Life (良い人生)の“自分の長所を生かし、目の前の仕事に没頭する”こと、
そしてその仕事をThe Meaningful Life (意味ある人生)の“人のために活かす”ことであると。

自分に徹底的に向き合い、自分の使命はどのようなことで、周囲のために何ができるのかを考え続け、利他のココロでご縁のある方々と接していくことが幸せな人生なのですね。

REFERENCES
Cremer, D. D. (2002). Charismatic leadership and cooperation in social dilemmas: A matter of transforming motives? 1. Journal of Applied Social Psychology, 32(5), 997-1016.

Day, D. V., & Harrison, M. M. (2007). A multilevel, identity-based approach to leadership development. Human Resource Management Review, 17(4), 360-373.

Day, D. V., & Dragoni, L. (2015). Leadership development: An outcome-oriented review based on time and levels of analyses. Annu. Rev. Organ. Psychol. Organ. Behav., 2(1), 133-156.

Day, D. V., Harrison, M. M., & Halpin, S. M. (2008). An integrative approach to leader development: Connecting adult development, identity, and expertise. Routledge.

Haslam, S. A., Gaffney, A. M., Hogg, M. A., Rast III, D. E., & Steffens, N. K. (2022). Reconciling identity leadership and leader identity: A dual-identity framework. The Leadership Quarterly, 33(4), 101620.

Lord, R. G., & Hall, R. J. (2005). Identity, deep structure and the development of leadership skill. The leadership quarterly, 16(4), 591-615.

Lord, R. G., Day, D. V., Zaccaro, S. J., Avolio, B. J., & Eagly, A. H. (2017). Leadership in applied psychology: Three waves of theory and research. Journal of Applied Psychology, 102(3), 434.

Miscenko, D., Guenter, H., & Day, D. V. (2017). Am I a leader? Examining leader identity development over time. The Leadership Quarterly, 28(5), 605-620.

Paolino, C. (2020). How to face the unexpected: Identification and leadership in managing bricolage. Creativity and Innovation Management, 29(4), 597-620.

van Essen, H. J., de Leede, J., & Bondarouk, T. (2022). Innovation energy: The stimulus converting employees’ innovation properties into innovative work behaviour. Creativity and innovation management, 31(2), 210-222.

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